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雑記:なぜ?の重箱

我々IT業だと、成果物に形が有りません。  要求・要望自体にも形の無いものが非常に多いですね。
卑近なところで言うと、プログラムが期待道理に動作しない、なぜ?  直接の障害箇所を見付けたが、異常動作の全てが説明が付くか?、説明がつかないなら、なぜ?  或いは、なぜ間違えたのか?  同様の、或いは派生バグが無いか?  これらは、経験者なら意識しなくても考えますね。

当然ながら、この「なぜの積み重なり」(なぜの重箱)は、設計仕様の中にあったり、要求や要件の中、業務仕様の中、プロジェクトの状況の中、何処にでも重ねられるはずです。
しかし、この「なぜを重ねる」ってのは、結構労力や勇気が必要だったりします。  中には、意図的に「なぜ」を捨てて盲目的に目の前の作業に没頭するような人、或いはケースさえ存在します。

中途採用の面談、或いはパートナーさんの人物確認の際にも、この「なぜを重ねる」ことが出来る人かどうか?(重ね過ぎて身動き出来なくなる人も困りますけど)も見るようにしています。
過去の失敗(自身の失敗でなくても)や事象から学ぶことが出来ているか?、無駄にしていないか?、他人の失敗からでも学んで活かしている人は当然ながら評価が高いです。  逆に、自身の失敗のケースからでさえも学んでいない、折角の失敗を無駄にしている人は、残念ながら大きなマイナス・ポイントとして意識しています。

ただ注意したいのは、「なぜ」から「反省」をするのは良いのですが、ひたすら「後悔」を繰り返す人がたまにいます。  これは、自分自身の中から無駄にストレスを生み出し続けていることになります。  このような人は、メンタル面でコンディションを崩す場合が多いですね。
「なぜ」はループしちゃいけません!

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